2003年から約20年にわたりプラスチックカードによるポイントサービスを運営してきた今井書店が、2024年4月1日より全店で展開している公式アプリ「BookStore」。稼働中のPOSと連携した会員証・ポイント・プリペイドマネー・クーポンなどの機能を、今井書店に導入されている書店専用POSを提供する株式会社光和コンピューターとの共同開発により、当社のオリジナル電子マネー発行プラットフォーム「Pokepay(ポケペイ)」にて提供しています。
長年続いたプラスチックカードからアプリへの移行という大きな転換。その背景や導入の経緯をはじめ、会員基盤のデジタル移行、キャンペーン・クーポン施策、EC連携・店舗受取など、実際の構築・運用で注力されたことについて、今井書店 次世代システムプロジェクトPMO 榮 健太 様にお話を伺いました。(2026年7月インタビュー実施。会員数など一部の情報は2026年9月時点に更新)
BookStore開発の背景
「本を売る会社」から、会員とITを軸にした事業へ
Q:まず、BookStoreの開発に着手した背景を教えてください。
榮様:
インターネット通販や電子書籍が普及するなか、従来どおり店舗で本を販売するだけでは、継続的な成長が難しくなっています。
当社では2023年頃から、「会員×IT×小売」を軸とした事業への転換を進めました。従来は、プラスチックカードにバーコードが付いていて、会員属性の一部を確認できる程度でした。
本を販売するだけではなく、ITを活用して会員基盤をつくり、その上に書店事業や新しいサービスを載せていく形へ変えたい——それが2023年からの方針でした。
本は年齢や性別を問わず幅広い人が購入する、顧客接点をつくりやすい商品です。書店で生まれた接点を会員化し、その後の情報配信、購買、EC、地域サービスへつなげることで、書店を中心とした新しい事業基盤をつくることを目指しました。
約20年間培った会員基盤を、次の成長につなげたい
Q:BookStore以前の会員基盤は、どのような状況だったのでしょうか。
榮様:
BookStoreの前身となる「今井書店カード」は、2003年から約20年間運営されてきました。会員登録者数は累計で約50万人で、そのうち年間1回以上お店で提示してくれるアクティブな会員は約13万人でした。(編集部注:今井書店が店舗地盤とする松江市・米子市の人口は2025年国勢調査で合計約34万人)
強い会員基盤はありましたが、プラスチックカードのままだと、会員ごとの利用状況に応じて情報を届けたり、効果測定をしながら施策を改善したりするのは難しい状態でした。
カードを単にスマートフォンへ置き換えたかったわけではなく、既存の顧客基盤をデジタルへ移行して、会員との継続的な接点をつくり、データに基づく販促や新規事業へつなげていきたいと考えていました。
プラスチックカード・既存システムが抱えていた課題
顧客ごとに最適な販促を行いにくい
Q:プラスチックカードを中心とした仕組みでは、具体的にどのような課題がありましたか。
榮様:
プラスチックカードでも会員情報や購入履歴の一部は管理できていましたが、会員ランクや属性、商品、店舗、購入条件などに応じた施策を、柔軟かつスピーディーに展開することには限界がありました。
全会員に同じキャンペーンを提供するだけでは、必要以上にポイント原資を使ってしまう可能性があります。
また、誰が施策を利用し、その後の購買行動がどう変化したのかを確認しながら改善することも容易ではありませんでした。
POSとPokepayを役割分担し、適材適所で組み合わせる
Q:既存の仕組みを活かしてアプリ化する方法は、検討されなかったのでしょうか。
榮様:
稼働中のPOSにも会員・ポイント管理の機能はあり、それをそのまま活用する選択肢も当然検討しました。
ただ、POSはあくまで『店頭レジでの正確で安定した決済・在庫処理』に特化した堅牢なシステムです。
一方で、私たちがアプリでやりたかったのは、天候や日々の購買動向に合わせて柔軟にクーポンやキャンペーンを打ち分ける、アジリティの高いマーケティングでした。
POS側にそうした個別ロジックを都度追加していく形をとってしまうと、決済側の安定性に影響を与えかねないですし、開発・改修のスピード感にも限界が出てきます。
将来的なEC連携や店舗受取、他社連携を見据えても、「決済・レジ処理の基盤(POS)」と「外部連携・顧客体験を拡張する基盤(Pokepay)」で役割を切り離し、適材適所で組み合わせるのがベストだと判断しました。
中核基盤をゼロから開発するのではなく、実績ある基盤を活用
Q:新たな基盤を構築するうえでは、フルスクラッチで開発する方法も検討されたのでしょうか。
榮様:
会員データベース、ID、ポイント、プリペイドマネー、残高管理などの仕組みをすべてフルスクラッチで開発すると、多額の初期投資と長い開発期間が必要になります。
さらに、資金決済や個人情報に関わる基盤には、高い信頼性と安定性も求められます。
当社では、アプリの中核機能を一から作るのではなく、実績のある基盤を活用し、顧客体験や会員獲得、販促施策へ投資を振り向ける方針を選びました。
Pokepayを選んだ理由
フルスクラッチではなく、会員・ポイント・ウォレットの中核基盤として採用
Q:その方針の中で、Pokepayをどのように検討されたのでしょうか。
榮様:
当社では、会員・ポイント・ウォレットの中核基盤としてPokepayを活用することに決めました。
選定した理由は、主に次の5点です。
- ID・ポイント・ウォレットを管理できるプラットフォーム性
- フルスクラッチと比較した初期費用・開発工数の圧縮
- 官民を問わない導入実績と信頼性
- 外部サービスと連携しやすい拡張性
- 企画段階から相談できる伴走体制
既存の仕組みを置き換えてでも採用した理由
Q:既存のPOSやCRMと比べて、Pokepayにはどのような違いがありましたか。
榮様:
Pokepayは外部連携を前提とした設計で、ポイント、マネー、クーポン、キャンペーンなどを組み合わせながら、将来の機能追加へ対応できます。
既存のCRMを使い続ける選択肢もありました。
しかし、スピード、品質、将来の拡張性、パートナーから得られる知見まで含めたトータルコストを考えると、既存の仕組みを置き換えてでもPokepayを採用してよかったと考えています。
システムを提供するだけでなく、構想段階から伴走
Q:BookStoreの開発は、どのような体制で進められたのでしょうか。
榮様:
BookStoreは、今井書店、光和コンピューター、ポケットチェンジの3社で一緒に作りました。
ポケットチェンジには、完成したサービスを提供してもらっただけでなく、アプリの構想やシステム全体の設計、パートナー選定まで、企画段階から入ってもらいました。
稼働中のPOSとの接続、アプリ開発、ポイント・ウォレット基盤は、それぞれのパートナーに任せながら、当社の経営戦略から逆算してシステムを作っていきました。
導入後の運用と利用者・店舗の反応
会員・ポイント・マネー基盤を安定して運用
Q:実際に運用を開始してから、システム面はいかがでしたか。
榮様:
BookStoreでは、会員・ポイント・プリペイドマネーを扱う基盤としてPokepayを活用しており、サービス開始から約2年半にわたり、資金や決済に関わる大きな障害もなく、安定した運用を継続しています。
「思いついた施策を、その日のうちに実行できる」
Q:導入後、日々の販促施策ではどのような変化がありましたか。
榮様:
導入後に特に大きく変わったのが、販促施策を実施するスピードです。
従来のシステムでは、新しい施策を行うたびにベンダーへ依頼し、開発やデータ処理を待つ必要がありました。
BookStoreでは、設定を変更することで、条件に応じたクーポンやポイント施策を比較的柔軟に実施できます。
たとえば、天候の悪化が見込まれる日に来店を促す施策を考えた場合、従来の仕組みでは、その日のうちに実行することは困難でした。
今は、企画から実施までの時間が短くなり、施策の結果を確認しながら、次のキャンペーンを改善できる環境が整っています。
今日思いついたことを、今日実施できることは非常に大きいと感じています。販促を運用するうえでは、施策を考えたときにすぐ実行できるかどうかが重要です。
利用者からは、カード不要とアプリでの情報確認が好評
Q:利用者からは、どのような反応がありますか。
榮様:
利用者アンケートでは、店舗へ行かなくてもアプリで情報を確認できることや、プラスチックカードを持ち歩かなくてよくなったことを評価する声が寄せられています。
会員証、残高、ポイント、利用履歴をスマートフォンに集約することで、店頭での利用が分かりやすくなりました。
また、アプリ内のプリペイドマネーを、毎月の書籍購入予算として活用する利用者もいます。
毎月決まった金額をチャージし、その残高と付与されたポイントの範囲内で本を購入している、という声もありました。
単なる決済手段ではなく、「本を計画的に楽しむための財布」としても利用されているようです。
店舗では、チャージ払いによってレジ業務を効率化
Q:店舗側のオペレーションには、どのような変化がありましたか。
榮様:
一部店舗では、自動チャージ機も導入しています。
利用者が自分で現金をチャージし、会計時にはアプリのバーコードを提示することで決済が完了します。
店舗スタッフからは、現金やクレジットカードなど複数の支払方法に対応する場合と比べ、バーコードを読み取るだけで会計できる点が評価されています。
導入によって得られた成果
全店展開から約2年半で会員数14万人へ
Q:BookStoreの会員数は、どのように推移してきましたか。
榮様:
BookStoreは全店展開から約1か月で3万ダウンロードを突破し、約4か月で6.7万ダウンロード・会員5.5万人、9か月で10万ダウンロード・会員8万人、約1年で会員10万人まで成長しました。
2026年9月時点の会員数は14万人です。
今は、月3,000人前後の新規会員獲得を目標に掲げています。
会員獲得数をただ集計するのではなく、自然に登録された会員と、店舗での案内やキャンペーンによって登録された会員を分けて、店舗ごとの取り組みを評価する形です。
成果が十分でない店舗には改善を促すといった形で、会員数を経営上の重要指標として管理しています。
アプリへ移行した会員は、旧会員より年間購買金額が約25%高い
Q:アプリ会員の購買行動には、どのような変化が見られましたか。
榮様:
プラスチックカードのまま利用を続ける会員と、アプリへ移行した会員を比較したデータです。
| 指標 | 旧会員との差 |
|---|---|
| 平均購入日数(年間) | 約17%多い |
| 客単価 | 約3%高い |
| 年間購買金額(一人あたり) | 約25%高い |
来店頻度と客単価の両方が向上した結果、年間購買金額は旧会員を約25%上回っています。
※編集部注:同一顧客の移行前後を追跡した数値ではなく、異なる集団同士の比較です。
売上を維持しながら、販促コストを約3分の1に
Q:販促コストの面では、どのような成果が出ていますか。
榮様:
アプリ化によって、全会員へ一律にポイントを付与する施策から、条件に合う会員へ絞ってクーポンを配信する施策へ移行できるようになりました。
ある施策では、売上水準を維持しながら、販促コストを従来の約3分の1まで抑えられています。
背景にあるのは、「キャンペーン」と「クーポン」の使い分けです。
レジで会員証を提示するだけで自動適用される施策は、もともと買う予定だった顧客にも一律でポイントを付与してしまいます。
一方、アプリで配信されたクーポン画面を提示してもらう形にすると、施策を意識して行動した顧客だけに対象を絞り込めます。
この設計によって、無駄なポイント付与を抑えながら販促コストを大きく圧縮できました。
同じ売上をつくるために必要な販促原資を減らせるため、利益を守りながら、継続的な会員施策を行いやすくなりました。
また、Pokepayの基盤を活用して開発コストを抑えられたことで、その分を会員獲得キャンペーンや顧客体験の改善へ配分できました。
事前チャージで、次回の購入につながる接点をつくる
Q:プリペイドマネーやECについては、どのように活用が広がっていますか。
榮様:
BookStoreでは、店頭の現金、クレジットカード、銀行口座などからプリペイドマネーをチャージできます。
2024年8月にはECとポイントチャージ機能を追加し、その後、店舗受取や予約機能も拡充しました。
利用者があらかじめ残高をチャージすることで、次回の書籍購入時にもBookStoreを利用するきっかけが生まれます。
チャージ残高、ポイント、クーポン、会員ランクを一つのアプリで提供することで、単発の購入で終わらず、継続利用を促す設計が可能になりました。
ECは、小規模な店舗1店舗分を上回る規模へ成長
Q:ECについては、現在どの程度まで成長していますか。
榮様:
BookStoreは、実店舗での会員証やポイントだけでなく、EC、在庫検索、自宅配送、店舗受取、予約にも対応しています。
現在、EC売上は小規模な店舗1店舗分の売上を上回る規模まで成長しています。
当初はチャージ残高による購入が中心でしたが、2026年8月24日には、商品代金をクレジットカードで直接支払える機能もリリースしました。
チャージ残高での購入はロイヤル層が厚い一方、クレジットカード決済ではライト層の利用が多く、新規利用が伸びてきました。
まずはライト層に使っていただき、ポイントがたまることで、ポイントやチャージ残高を活用するロイヤル層へと育っていく。そうした顧客育成を目指しています。
成果を生んだのは、導入後の「使いこなし」
Q:こうした成果につながった要因を、どのように捉えていますか。
榮様:
アプリを導入しただけで成果が出たわけではありません。
重要なのは、どの顧客へ、どのタイミングで、どのようなインセンティブを提供するかを考えて、施策を改善し続けることです。
BookStoreでは、会員数、会員ランク、利用店舗、購入商品、購入金額などのデータを確認しながら、購入条件や店舗イベント、会員ランクなどに応じてキャンペーンを設計しています。
たとえば「書籍・雑誌を3冊以上購入するとポイント倍率が上がる」施策では、参加した会員の客単価が、参加しなかった会員と比べて約93%高くなりました。
施策の打ち出し方やインセンティブの設計を磨き続け、アプリを使いこなすことが、こうした成果につながっています。
今後の展望
書店アプリから、地域のリテールプラットフォームへ
Q:最後に、今後の展望を教えてください。
榮様:
当社は現在、2032年の売上高100億円を目指す経営計画を進めています。
2026年7月に公開した「100億宣言」では、「地域No.1会員基盤を核とした地方版リテールプラットフォーム」を掲げています。
今後は「会員×IT×小売」をさらに推進し、書籍販売だけに依存せず、会員、プラットフォーム、データを中心とした事業構造への転換を目指しています。
具体的には、次のような展開を検討しています。
- 物販ECの拡大
- 電子書籍・電子雑誌
- サブスクリプションサービス
- オンラインと実店舗をつなぐOMO
- 会員データを活用したサービス
- 地域で利用できるQR決済
- 他の書店・事業者へのBookStore展開
- 自社店舗外で利用できる地域経済圏
会員数と、一人あたりの利用額を伸ばす
Q:今後の成長に向けて、特に重視していることは何でしょうか。
榮様:
特に重視しているのは、会員数とARPUの向上です。
地域内の人口には限りがあるため、既存商圏内で会員を増やすだけでなく、ECによって商圏を広げたり、書籍以外のサービスを追加したりする必要があります。
さらに、自社店舗だけで使えるアプリから、他の書店や地域の事業者でも利用できる仕組みへ発展させることで、地域内の決済・会員プラットフォームとして成長させる構想を描いています。
BookStoreは当初から、他の書店でも展開できる設計で作りました。
当社で効果検証した施策や仕組みを、同じ課題を抱える中小・独立系書店へ提供していきたいと考えています。


