「Every Company Will Be a Fintech Company(すべての企業はフィンテック企業になる)」
これは、AirbnbやFacebookなどへの投資で知られる米国の著名ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーAngela Strange氏が提唱した言葉です。
今、銀行が長い歴史の中で築き上げてきた「金融機能」が、APIを通じてあらゆる産業に埋め込まれようとしています。これは、事業会社が銀行に取って代わるということではありません。むしろ、銀行の堅牢なインフラを自社ビジネスの「OS」として組み込み、全く新しい顧客体験を共創するフェーズに入ったことを意味します。
本稿では、DXの次なる一手として注目される「BaaS(Banking as a Service、サービスとしてのバンキング)」について、その定義からビジネス実装の意義、そして企業がリスクを抑えてスモールスタートするための現実解について解説します。
1. BaaS(Banking as a Service)の仕組み
BaaS(バース)とは、銀行が保有する「預金」「融資」「為替(決済)」といったコア機能を、API(Application Programming Interface)を介して外部企業(非金融事業者)にクラウドサービスとして提供するモデルのことです。
簡単に言えば、銀行の「機能」だけを、自社のサービスの一部として再利用できる仕組みです。
従来、銀行業務は「銀行」という場所やアプリでしか行えませんでしたが、BaaSはこれを機能単位に分解(アンバンドル)し、事業会社のサービス内に自由に組み込めるようにしました。これにより、事業会社は自社ブランドのまま、裏側で銀行機能を動かす「ホワイトラベル」形式でのサービス提供が可能になります。
ITインフラの進化に例えると、その革新性がより鮮明になります。
- これまで: 金融サービスを提供するには、自社で「銀行ライセンス」を取得し、堅牢なシステムや店舗網という巨大なインフラを自前で構築・保有する必要がありました。これは非金融企業にとって事実上、参入不可能な壁でした。
- BaaSの時代: あたかもクラウドサーバーを借りるように、事業会社は「銀行機能」を必要な分だけAPI経由でレンタルできます。 「口座開設」「残高照会」「振込」といった機能をブロックのように組み合わせ、自社独自の金融サービスを構築できるようになったのです。
銀行インフラを自社サービスの「基盤」として活用する
BaaSにおいて、銀行は自社ブランドを支える強力な「バックエンド(基盤)」の役割を果たします。
エンドユーザーが見ているのは、あくまで普段利用している「貴社のサービス」です。しかし、その裏側では銀行のセキュアなシステムが稼働し、決済や資金移動を支えています。
これにより、事業会社は「金融の法的・システム的複雑さ」を銀行に任せ、自社は「最高の顧客体験(カスタマーエクスペリエンス、CX)の提供」に集中できるのです。
2. なぜ今、「機能としての金融」がビジネスに必要なのか
法改正によるオープンバンキングの流れもありますが、ビジネスの現場でBaaSが求められる最大の理由は、「商流の摩擦(フリクション)を消す」ことにあります。
「エンベデッド・ファイナンス(組込型金融)」への進化
従来のサービスでは、「買い物」と「支払い(銀行振込や別サイトでの決済)」は分断されていました。
しかしBaaSを活用すれば、ユーザーが日常的に使うアプリの中に金融機能が自然に溶け込む「エンベデッド・ファイナンス(組込型金融)」が実現します。
例えば、配車アプリで目的地に着いたとき、財布を出して支払う必要はありません。裏側で決済が完了しているからです。
「金融」自体を目的にする人はいません。BaaSによって、金融を「手続き」から「体験の一部」へと昇華させることが、DXの最終的な差別化要因となりつつあります。
3. BaaS導入がビジネスにもたらす3つのメリット
事業会社が金融機能を内製化(エンベデッド)することは、単なる利便性向上にとどまりません。事業成長において、主に以下の3つのメリットが期待できます。
① フリクションレスによるLTV(顧客生涯価値)の向上
アプリ内ですべてが完結するシームレスな体験は、顧客のストレスを極限まで減らします。
「支払いの痛み」を取り除くことで、カゴ落ち(離脱)を防ぎ、リピート率を向上させます。結果として、顧客一人あたりのLTVが最大化されます。
② 「商流データ」という資産の獲得
従来のビジネスでは「顧客が何を買ったか(購買履歴)」しか分かりませんでした。
しかし金融機能を持つことで、「いくらチャージしたか」「頻度はどうか」という資金動向(商流データ)を把握できます。このデータは、マーケティングの精度を高めるだけでなく、将来的に独自の与信モデル(スコアリング)を構築する際の貴重な資産となります。
③ 自社経済圏(エコシステム)へのロックイン
BaaS活用の究極の狙いは「囲い込み」です。
自社サービス利用で独自の還元や優遇を行うことで、顧客を自社経済圏に強力に繋ぎ止めます。
一度その経済圏にお金を預けたり、チャージしたりすると、スイッチングコストが高くなり、競合他社への流出を防ぐ「防壁」となります。
4. 世界をリードする金融機能実装の事例
実際に、グローバル市場では非金融企業による金融機能の実装が標準化しつつあります。ここでは代表的な3つのモデルケースを紹介します。

